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ケインズ案ではなくホワイト案になってしまったために、IMFの役割自体はかなり小さなものになってしまった。
しかも、その後は貿易赤字を抱え、支払い不能に陥った国々の「救済」に追われ、グローバルな観点から世界経済を見るという当初の目的はほとんど忘れられてしまった。
そのようななかで、今回のストロスカーン専務理事の主張は、まさにIMFの原点に還った住宅バブル崩壊のアメリカはバランスシート不況と言うことができる。
なぜか、日本の新聞にはこのストロスカーン発言がほとんど取り上げられなかった。
財務省や財政再建論者には都合の悪い発言だから載せなかったのか。
「日本の問題や今回のアメリカのサブプライム問題はバランスシート不況である。
こういう時には民間資金需要がなくなるから金融政策はほとんど効かないので財政で対応するしかない」という内容であった。
日本経済のデータを見せて「何か反論があるか」と、かった。
彼らも日本の経験を元にサブプライム問題を理解しようと必死になっていたのである。
その一方で、最近、IMFのスタッフにたまたま会ったので、ストロスカーンの財政出動発言に言及したところ、彼女はものすごくイヤな顔をした。
ロスカーンや私のような発想はなく、依然として財政再建一本槍の発想に凝り固まっていたのである。
その意味では、ストロスカーンが財政出動を言い出したからといって、IMFのスタッフや各国がそのとおり動くかどうかはわからない。
というのも、これまで「財政出動」と言うと非常に悪いイメージがあったからである。
これは日本に限った話ではないが、「財政出動」と聞くと、すぐに「バラまきになる」と言われてきた。
たしかに、民間のバランスシートが健全で前向きの資金需要がある時に政府が赤字を出しながら無駄なモノをつくることは許されない。
また民間に資金需要があり、人々の懸念材料がインフレにある時は金融政策による対応が不可欠である。
民間のバランスシートが傷つき、人々が借金返済に回っているバランスシート不況の時は、金融政策は効かない。
しかもこのような時に財政再建をやっても、それで政府が借りなくなったお金を代わりに借りて使ってくれる民間の企業や個人はいないので、政府が財政再建をやった分だけ総需要は減り、景気は悪化する。
しかも時期尚早の財政再建で景気が悪化すると1997年や20O1年の日本のように税収が激減し、結果的に財政赤字が拡大する。
つまり、このような局面での財政再建は百害あって一利なしなのである。
したがってバランスシート不況の局面では財政出動で立ち向かうしかないのである。
しかもサブプライム問題が全世界的に景気を悪化させている現状で、各国が外需頼みで通貨の切り下げ競争や保護主義にでも突入したら、それこそ1930年代の再来になってしまう。
そういう意味で、ストロスカーンが世界的な視野で、「合成の誤謬」を監視することのできるのはIMFだけである。
そのIM経済が1930年代という前車の轍を踏む危険性はその分減少したと思われる。
IMFのスタッフはかつて自信満々だったが、今は彼らも現在日の前に展開されている世界をどう考えたらいいのか、手探り状態のなかにいる。
この50年間で泌みついた悪い癖はなかなか拭いきれないかもしれないが、今後は、IMFのスタッフにも各国政府の政策担当者にもストロスカーンの考え方が伝わっていくことを、私は期待している。
外野からの学者たちの声に惑わされてはいけないその時、私が一つ懸念しているのは、外野からの学者たちの声である。
日本が90年代に長期不況に陥っていく過程で、ポール・クルーグマンを始めとする学者たちは、日本に向かって「円を下げろ」と言ってきた。
そうすれば、「内需がダメでも、為替政策によって輸出が増え、デフレと不況を脱却できる」と、何度も提案してきたのである。
日本は彼らの提言に従わなかったが、それにはちゃんと理由があった。
1999年の6月、当時大蔵省財務官だったE氏は自分の花道を飾ろうとしたのか、退任一週間前に、当時は117円だった円ドルレートを「1111一円まで円Eにする」と公言して3兆円もの公的資金を投入して為替介入した。
この介入に対して、当時のアメリカのサマーズ財務長官は「とんでもない。
そんな介入を認めたつもりはない」と反発したのである。
ここで日米間の為替に関する見方の違いが浮き彫りになり、このことは1987年2月のルーブル合意以降、ずっと続いていた日米間の為替市場における協調体制が壊れてしまったことを意味した。
そこでマーケットが注目したのが日米両国の貿易収支の数字であった。
日本は世界最大の黒字、アメリカは世界最大の赤字であったから、為替は一気に一ドル0O円の円高になってしまった。
くろだはるひこランス感覚を駆使して一生懸命日米の聞を調整して、ようやく為替レートを一10円前後までもっていった。
当時のE氏の為替介入に対するサマーズの反論は、「世界最大の貿易黒字国が自国通貨を下げて、輸出で稼ごうなどというのはとんでもない」というものだった。
実際、日本は当時、世界一の貿易黒字国であった。
今でこそ日本は中国とドイツに抜かれたけれども、1999年の時点では日本は世界最大の貿易黒字国だったのである。
この一騒動があった後、日本政府が積極的に円E誘導することは不可能になってしまった。
そんなことをしたら、為替市場参加者は1999年6月のアメリカの反応を思い出して、為替を円高にもっていきかねないからだ。
日本は20O3年から20O4年にかけて巨額の為替介入をしているが、これは円Eにもっていこうというより、円高になるのを阻止するという意味での介入であった。
1999年時点での日本の為替介入とそれに対するサマーズ財務長官の発言を理解していないアメリカの学者はまだ掃いて捨てるほどいるのである。
当時、私は日本のテレビ番組で、日米の貿易交渉におけるアメリカの立場を説明させられたりして、この騒動にはずいぶん巻き込まれたから、それが両国にとってどんなに感情的で醜くイヤな問題であるかということを身に泌みて感じていた。
サマーズ発言の意味もよくわかっていたし、当時のアメリカの議会が日本に対してどういう発想をしていたかもよく理解していた。
その渦中の1999年10月、「B」の企画でクルーグマン・プリンストン大教授と対談した時、彼はまだ「円にすべきだ」と発言していた。
だから私は彼に向かってが円Eに「オーケー」を出すなら、日本政府も喜んで円Eにするだろう」と反論した。
クルーグマン氏は私の反論に「USTRもオーケーのはずだ」と答えたが、彼らがオーケーを出すはずはなかった。
たった3カ月前にサマーズ発言があったばかりなのに、彼はまったくワシントンの議会とUSTRの現状を理解していなかったのである。
そうした学界の発想や政治音痴からすると、欧米がサブプライム問題からバランスシート不況という長期不況に突入したら、経済学者たちはこれらの国々に対しても、彼らが10年前日本に対して出したのと同じような自国通貨Eの提案をするであろう。
例えば、クルーグマン氏やエガートソン教授はヨーロッパやアメリカに対して、「長期不況(バランスシート不況)で困っているのなら通貨を下げればいい」と提案するかもしれない。
貿易赤字国が自国通貨Eで赤字の解消を図ることは極めて正当な政策対応だからだ。
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